欲しいのは優しい嘘じゃなく

 みんなが言う、「貴方ならできる」と。
 何でそんなことが言い切れるんだろう。
 きっとこの地の人は優しいから、僕を慰めるために、そんな嘘をつくんだ。
 でも、僕が欲しいのは、そんな優しい嘘じゃない。嘘の優しさならいらない。
 欲しいのは、なりたいのは、そんな嘘をつかれる必要のない、領主にふさわしい自分。



「シンビオス様、どこにいるのかなあ・・・」
 お昼もすぎた頃、フラガルドの城下町ではマスキュリンとグレイスの2人が自分の主人を探していた。
「お昼も召し上がってないはずよね。どうなさったのかしら。」と、先程のマスキュリンの言葉にグレイスは同意して返す。
そうしてしばらく、また2人で町を歩く。
「・・・やっぱり、ショックだったんじゃないのかなあ。」
うつむきがちに、でも前を向いたまま歩みを止めずに、少しトーンを抑えた声でマスキュリンはそうつぶやいた。
その言葉にグレイスはマスキュリンの方を見て、同じように抑え目の声で答える。
「あ・・・もしかして、魔法のこと?今日が演習の最終日だものね。
確かそれまでに全然引き出せなかった場合・・・たいていは無理なのよね。」
「そうそう」そう言ってマスキュリンはグレイスの方を見て続ける。
「だってシンビオス様、まだ10歳にもいかないのにいろいろと学んできて、
その中で今までできなかったこと、努力して叶わなかったことって・・・なかったでしょ?」
「そうよね・・・でも、こればっかりは素質の問題だもの。私だって攻撃魔法はほとんど唱えられないし、
そんな風に誰にだって得手不得手があるのは当然だけど・・・」
「そうなのよね、でもシンビオス様、今まで何でもできちゃってたから。」
「余計に悔しいのでしょうね。だけど、こんな風に午後の稽古を抜け出すほどなんて・・・」
「初めてよね。」
「ええ。」
そう言ってお互いにうつむき、沈黙してしまった。歩きつづけていた足取りがあきらかに重くなるのを感じながら、
グレイスは一度途切れた会話を繋ぐ。
「だけど・・・そういうときに、逃げ場がないよりましじゃないのかしら。」
「・・・でもそれって・・・」マスキュリンはその言葉に、一度グレイスの方を見てからまたうつむき、言葉を続ける。
「私たちじゃ、逃げ場にもなれないのね。」
そう言ってため息をついたマスキュリンの目はとても悲しそうだった。そしてグレイスもまた同じ気持ちだった。
だから目の前の彼女を、そして自分も慰めたくて言う。
「一人になりたいときはあるわよ。・・・そう、うすうすわかってはいるのだけど、
私たちはシンビオス様にかまいすぎなのかもしれない。」
グレイスのその言葉に、マスキュリンは下を向けていた顔を勢い良く上げて力いっぱい否定する。
「一番かまいすぎなのはダンタレス様でしょ!もう、今だって血眼で捜してるに違いないもの!!」



「シンビオスが?」コムラードは驚いた表情で、会話の相手であるダンタレスに言った。
「ええ・・・午前の演習の後、急にいなくなってしまわれて・・・」
申し訳無さそうな、そして何より心配そうな顔でダンタレスは先ほど伝えたことを繰り返した。
「今、マスキュリンとグレイスの2人に捜させていますが・・・、
恐れながら、できれば私も、貴方様の護衛は他のものに任せ、捜しに行きたいと存じます。」
「何の演習だったのだ?」領主は問う。
「あの・・・魔法の、素質を引き出すためのものでして。」
「引き出す素質がなかった、・・・ということか。」
「いえ!」慌てて強く否定しながら騎士は話を続ける。
「演習の魔術師が言うには、素質はあるはずだ、と。ただまだ・・・時期が早かったようなのです。」
「それは仕方ないことだな」領主は特に残念がる様子もなく、たんたんと言葉を返し、先程まで見ていた書類に目線を戻した。
その様子に少し苛立ちながら、騎士は更に食い下がる。
「ええ、ですが・・・シンビオス様にとっては・・・」
「そうか、ひょっとして挫折を経験したのは初めてか。」
領主は再び顔を上げ騎士の方を見て、少し驚いた表情で彼の言葉を先読みした。騎士はそれに続いて更に話を進める。
「ええおそらく。・・・懸命に努力なされてましたので・・・余計に辛いのではないかと。」
まるでその辛さが自分のことのように、険しい表情で騎士は話した。
「そうだろうな。だがまあ・・・それなら、今はただ一人になりたい、と、そういうことだろう。
心配することはない。すぐに帰ってくる。」領主はそう言ってまた書類に目を落とす。
「ですが・・・」と言って、いつまでも引き下がらない騎士に領主は少しあきれながらため息をついた。
そうして今まで持っていたペンを置き、顔を上げ騎士の目をまっすぐに見て、今まで以上に大真面目な顔で言う。
「お前が心配する気持ちはわかる。だが、お前が探すのは目立ちすぎるだろう。
そうやって皆で大げさに捜し、大勢の者に知れ渡る騒ぎになれば、
一番恥ずかしい思いをしていたたまれなくなるのはシンビオス本人なんだぞ。」
領主のその冷静な判断に、騎士自身が今まさに、恥ずかしく、かつ、いたたまれなくなった。
「その通りです。・・・シンビオス様の今までなかった行動に、
私は冷静さを失い判断を見誤りました・・・申し訳ありません。」ダンタレスは頬を紅潮させながら弁明する。
「まあ良くも悪くも、お前らしいことだな。」と、楽しそうに苦笑したその表情は、
顔立ちこそ似てないが、先程から話題にでている当の次期領主と同じ雰囲気を持っていた。
もちろん、彼のその優しい表情が、彼の息子に伝わっているのだろう。
「夕方近くなったら、作業も一段落着くだろう。そうしたらお前の仕事も終わりだ。
だからそれまでにシンビオスが帰ってこなかったら、お前の好きにするがいい。私も向かおう。
・・・もちろん、あまり大騒ぎにならないようにな。」領主は騎士を安心させるように、笑顔でそういった。
「ありがとうございます」とダンタレスは応え、少しは平静を取り戻した。だがやはり今なお
すぐにもシンビオスを探しに行きたい気持ちでいるのには変わりなく、それを必死で抑ながら持ち場に戻った。



 シンビオスは、フラガルドの町を少し外れた、森の木の上にいた。
この辺りは町に近いのもあってモンスターも少なく安全な場所で、
彼がいる大木も座っている枝も、幼い頃に姉に教わったものだ。
フラガルドの町と田畑が見渡せ、遠くには高山が望めた。
そんな絶景のこの場所は、姉との2人だけの秘密で、お付きの3人にも話していなかった。
 姉が嫁いて以来、一人になりたいときはここに来た。もちろん、今までは自由時間の合間に、
しかも3人が忙しく、一人でいるしかないときに、だけだった。
 お腹がすいている。どうでもいいと思いつつも気になる。
お腹が減っていると力が入らないと聞いたことがある。たしかにそのとおりかもしれない。
どんどん暗い気持ちが沸き起こってくる。

 自分は領主の息子で、それもただの領主ではなく独立戦争の立役者、一国の一番に語り継がれる英雄、
その息子である自分には多大な期待がかかっていることが、幼い頃からよくわかっていた。
「貴方はあの、コムラード様の息子ですもの。
例え最初にできなくても、ちゃんと努力すれば何でもできる。」
「できないはずがない」
その期待に応えようと、できないときは必死になって頑張った。
それで今まで、全部やってこれた。それが自信だった。
もちろん、全てのことができる、と、心から信じていたわけではない。
自分の尊敬する父親だって、信頼する友人だって、それぞれ、できることとできないことがある。
わかっているつもりだった。でも、

 実際にできなかったのは初めてだった。「できないはずがない」と言われていたのに。
それが慰めの嘘だとわかっていても、本当にそうなりたかった。

 悔しくてひとしきり泣いていた。もう今は落ち着いたのだが、
帰る気分になれなかった。今の自分は、みんなにより情けない姿をさらしそうで恐かった。
そうやって、木の上で膝をかかえたまま動くことのできない自分に、尚更情けなくなった。
そろそろ日が落ちてくる。

「シンビオス、そこにいたのか」
 突然の声に驚いたシンビオスは下を向く、その動きにまわりの葉が揺れた。
そこには彼の父親である、領主コムラードの姿があった。考えもしなかったことにシンビオスは驚く。
「そろそろ日も落ちる。降りて来い、帰ろう。」そう父は言う。
シンビオスは目をそらし上を向き、返事をしなかった。
自分自身が恥ずかしくなって、その行動が尚更恥ずかしいことがわかっていても、
今、父と顔を合わせたくなかったのだ。
 ふと木が揺れた。近場の枝に捕まって体勢を保ちつつ、下を見た。
父が登ってきていた。意外に身軽な動作で枝を掴み、登ってくる。
シンビオスは、自分のうかつさに我ながらあきれた。この位置では逃げ場がない。
だがさすがに、飛び降りるほど愚かに、純粋にはなれなかった。
観念して、まず考えた疑問をたずねる。
「父さん、何故ここを知っているのですか?」
コムラードはシンビオスの座る枝より少し手前にあって一段低い、もっと太めの枝で止まった。
その場所から振り返りぎみにシンビオスの座る枝に寄りかかり、彼を見て言葉を返した。
「お前はマーガレットから教わったんだろう?」
「はい。」すっかり父に見透かされている自分が少し悔しかった。
「たぶん、マーガレットは母さんに聞いたんだろうな。
ここは私が見つけて・・・母さんとも一度登ったんだ。」
そう言って父親は前に向き直り、遠くの景色を、落ちていく日を見つめた。
なるほど・・・とシンビオスは納得した。
そういえば姉さんはここにくるととても嬉しそうで・・・少し寂しそうだった。

「魔法を習得できなかったらしいな」
少しの間の後、ふと単刀直入にそう言われシンビオスは声に詰まった。
「だが素質がないわけではない、と言っていたぞ。
これから経験を積んでいけば、身につくかもしれないだろう。
まだ決まったわけじゃないんだ。これからもじっくり、修練していけばいい。」
シンビオスの方を見て笑顔でそういう父親に、シンビオスはいぶかしげに問い掛ける。
「・・・私にはそれができる。と?」
「ああ、きっとできる・・・」そういう父親の言葉を途中でさえぎって言う。
「何故そんな・・・確証もない、嘘をつくんですか!」
「嘘?」
予想もしない言葉、といわんばかりの面食らった表情の父親を見て
声を荒げる程むきになっている自分に気づき、シンビオスは余計悲しくなった。
でも、止められなかった。
「父さん、貴方は・・・皆が望むものをかなえることができます。
だからそんな、優しい嘘なんかつかれないんでしょう?でも私は・・・
皆に言われます、『あの方の息子である貴方にできないことがあるはずがない』と。
『今まで何でもできていたのだから絶対にできる』と。・・・そんな訳、あるはずないのに。」
頭が混沌としていた。何が言いたいのかわからなくなってきた。
言葉にするのは初めてで・・・うまく伝えられない。
でも、言葉にして初めて・・・何かに気づきそうな気がしていた。
 しばらく黙って聞いていた父親は、我が子の言葉が切れるのを待って、言った。
「そう、そんな、『絶対に何でもできる』訳、あるはずないな。
・・・わかってるじゃないか。」

「それは私も同じだろう?」その父親の言葉に、シンビオスは思いきり否定の言葉を返す。
「同じ?違います!貴方は・・・」
だがそれをさえぎって父親は言う。
「私が万能なら、お前はそれ以上だよ。
もし私がお前にそう見えるなら・・・それはたんなる、お前の欲目だな。」
そう言って父親は苦笑した。そんな父親の言葉と態度に、
シンビオスは少し嬉しくて、そしてとても恥かしくなり赤面して目をそらす。
その反応に思わず更に笑いそうになるのを堪え、コムラードは大真面目な表情で話を続ける。
「確かに私は、多くの人の期待に応えてきたと言えるだろう。
だがそれは全ての人のものだった訳ではない。
当然、反対の立場にいる人も多かった。失敗だってたくさんあった。
もちろん自分の力を過小評価するつもりはないが、私一人では無理だったのは確かだ。
多くの人々の協力と理解があってこそ、成し得たことなんだよ。」
その父親の力強い言葉に、尊敬と畏怖の入り混じった感情でシンビオスは問い掛ける。
「そうやって・・・多くの人々の協力を得られるほどの力を、人徳を、
私も得られるのでしょうか?」
「そこで私が『ああ、お前ならできる』といえば、お前は嘘だと思うのだろう?」
厳しい表情でそういう父親に、シンビオスは押し黙る。

「本当にお前は、それを、嘘だと思うのか?」コムラードはそう更に質問を続け、我が子の答えを待った。
シンビオスはうまい言葉を見つけられず、同時に重い沈黙に耐えられずに、正直な言葉を返す。
「だって・・・信じられません。私が貴方のようになれるとは。」
「・・・それほど過大評価されるのは、嬉しいが困りものだな。
格好悪いところ見せれんじゃないか。」
そう言った父の笑顔につられて少し笑いそうになり、余計に涙が出そうになって、堪えた。
「だけど皆はいいます。父を超える立派な領主になれと、なれるはずだと。
そんなことを・・・簡単に信じるにしては、私は自分の力を知りすぎています。」
そのシンビオスの言葉に、コムラードは一瞬驚き、複雑な表情でため息に近い苦笑をもらした。
「まだ10前の子どもの台詞じゃないな。
全く・・・できすぎるのも考えものだ。」コムラードはそう言ってしばらく黙り、何かを考えているようだった。
シンビオスも何も言わず、うつむいたまま膝を抱える自分の手を眺めていた。
先程よりもずっと傾いてきている夕陽に、すでに視界は朱く染められていた。
それがだんだんぼやけていき、顔を上げられなくなった。父親に涙を見られたくなかった。

「いいかシンビオス、もう一度聞くが、
本当に嘘だと思うか?いや思ってもいい。
でも全て、嘘だけだと思うのか?
ほんの少し期待したりはしないのか、そうかもしれない。と。」
そう言って再び話を切り出した父親の方を向けずに、顔を伏せたままシンビオスは返事をする。
もう完全に涙声になっている自分が嫌になりながら。
「だからこそ・・・悲しくなるのです。
貴方に敵うはずもないのに、対抗してみようと思う自分に。」
「お前は私と戦いたいのか?」
父親のその言葉にシンビオスは思わず目を見開き、顔を俯けたまま父親の方を見る。
だが考えもしていなかった言葉への動揺で、それ以上の動きができなかった。
「違うだろう。お前はただ、皆の期待に応えたいだけだ。
何も私になる必要はないんだ。」

「本当はわかっているんだろう、皆の言葉が嘘じゃないことなんて。
ただ、それができないかもしれない自分に腹を立てて、
そうして、他のものに当たっているんじゃないか?」

「嘘だと感じてもいい。
でも、そう、

優しい嘘がいらないなら、

お前の手で、その優しい嘘を、
暖かい励ましに、皆が待ち望む真実に、
変えてしまえばいい。

それができるのは、世界中でただ一人、
シンビオス、お前だけだ。
・・・そうだろう?


「お前ならそれができると、私は思う。
そしてこれは、優しい嘘なんかじゃない。
私の勝手な、でも確信に満ちた・・・正直な願いだよ。
それをお前がどう捉えるか、それはお前の自由だ。」

 そう言い終わった後、父親は夕陽の方へ顔を向けこちらを見なかった。
シンビオスは頭が真っ白になりつつ父親の言葉だけ聴き入り、それを反芻していた。
 気づくと、涙が絶え間なくこぼれていた。
でもそれを悟られたくなくて、動けば、返事をすれば気づかれると思って、
そのまま、涙をぬぐわず流れるままにした。
泣いてるのに気づいていないはずはない。でも見ないでくれていた。

「・・・夕陽が綺麗だな」

 その父親の言葉に、夕陽を見たいと思い、俯いていた顔をあげる。
でもぼやけて見えないから、目を力いっぱい大きく見開いて、夕陽を見た。
その美しさに、全てがどうでもよくなって、瞬きも忘れて、見つめつづけた。
忘れない、と思った。夕陽も。父の言葉も。頬を濡らす涙も。



 夕陽がほとんど沈んだ頃、お腹のなる音に気づき慌てて自分のお腹に手をあてる。
が、それは父のお腹だったようで、見ると、彼は少し恥かしそうな顔でシンビオスの方を向き、そして言った。
「帰るか」
「ええ」笑顔で応えたシンビオスに、父親も優しい笑顔を見せた。
シンビオスはもう乾きかけている涙を拭いて、父の後について木を降りた。

 2人が帰り着くと、付き人の3人ともがものすごく心配そうな、でも嬉しそうな顔で彼らを迎えた。
そうした様子にシンビオスは思わず顔がほころぶ。するとまた涙がでてきてしまった。
シンビオスがそれを慌てて抑えようとする前に、3人もつられて泣き出していた。
その様子に驚いて、でも嬉しくなって、今度は涙を気にせず泣きながら笑った。
 そうしているうちにふと、その場にいる皆が一様に
自分の無事を喜んで、安心して、幸せそうだということにシンビオスは気づいた。

 ああ、僕は本当に幸せ者なんだ。

 たくさんの人から、充分に、つい重荷に感じるほどの幸せを僕はもらっている。
でもそれを、重荷だなんて思わないように、励ましを慰めだと思わないように。

 たとえまた迷うことがあっても、あの父の言葉を、あの夕陽を思い出そう。
たくさんの人が僕にくれる力を、嘘になど変えてしまわないように。

 そう、僕が欲しいもの、皆から貰っているもの、
それはけして、優しい嘘じゃなくて―――― 




<end>

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