「あれから、もう一年か…」
季節はずれの寒空の下、ため息をついた。
事務所までの道のりが少し遠く感じる。

初めての法廷。その事件の起きた日。それははっきりいっていい思い出でもない。
もちろん、今大切に思う人たちと会えたとき、とも言えなくはないけれど。
初めての法廷は、ずっと大切に思っていた気持ちを、ひどく踏みにじられた日でもあった。
裏切られた。そうも言える。
いっそ全てを嫌いになって憎めれば、ずっと楽かもしれないのに。それもできないことが辛い。
あれからもう、だいぶ気持ちを切り替えて、とっくに前へ進んでいってるつもりだけど。
さすがに、思い出すと気持ちがかき乱されてしまう。
おかげで昨日の夜に書き出した日記は、まとまらないまま破り捨ててしまった。
昨日だけじゃない。ここ最近はずっと。自分の気持ちがまとまらない。
それでも、唯一思えることとすれば。

ポーカーなんて。

あんなものなければ、あんな勝負さえなければ。
元からそこまで詳しいルールを知っていたわけではないから余計に。
ポーカーというゲームそのものを、逆恨みしたい気持ちだった。

そんなことを思いながら事務所のドアを開けると、
オレにとっては信じがたい光景が目に飛び込んできた。

「ショーダウンだ。……パパの勝ちだね、みぬき」
「ええー!? ……もう、なんでかなあ」

ソファに向かい合って座る二人の姿。並べられているトランプ。話の内容。
どう考えてもポーカーだった。オレは思わず目も耳も疑った。
ドアをあけたまま呆然としていると、
オレに気づいた成歩堂さんが声をかけてきた。

「やあオドロキくん、ちょうどよかった。
 ちょっと替わってくれないかな、みぬきの相手。
 正直なところ…そろそろ負けちゃいそうなんでさ」
「えー! パパったら、勝ち逃げはずるいよー!」

みぬきちゃんがすかさず突っ込む。

「いやあ、やっぱり……なんでもなまるもんだね、しばらくやってないと」

立ち上がって、へらへらとした笑顔でこちらにやってくる成歩堂さんに、
俺の頭の中では異議がたくさん浮かんでいた。

負けてあげないのかよ! ……というか、
こんな日に、よりによってポーカーなんて…
無神経にもほどってもんがあるだろ!
そう力いっぱい思って、自分からも詰め寄る。

「成歩堂さん! ちょっと…」
「あ。安心してくださいオドロキさん」
「え?」
続く文句を言う前に、みぬきちゃんにさえぎられた。
顔を向けると、彼女もカードをテーブルに置いてこちらに近づいてきていた。

「みぬきがパパにいったんです、『ポーカーしたい』って」
「……え。」

とまどうオレに、みぬきちゃんは目を大きく瞬かせてから、にっこり笑った。

「本物のパパ、ポーカー大好きだったんですよ。
 ……だから、今日にぴったりかなって。」
「……そ、そうなんだ」

ものすごく楽しそうな笑顔に、オレは毒気を全て抜かれたように力が抜けた。
つられて軽く出てしまった笑顔に頭をかいていると、後ろから声が聞こえた。

「うん、そうなんだよ。」

振り向くと相変わらずの不遜な顔があった。

「…で、なんだい? オドロキくん。
 さっき、ぼくのこと呼んだみたいだけど」

とぼけた振りをした嫌味にいらつくと同時に、
気にしすぎていた自分が少し恥ずかしくなった。なんでもない振りをして小さく息を吐く。

「……まあ、ポーカー自体はいいとして」
「そう? じゃあ、かわってよ、オドロキくん」
「だからパパ勝ち逃げは…」
「無理です。」
「まあまあ、そう言わずに。」
「オレ、やったことないんで。ポーカー」
「え。」

オレの言葉に、成歩堂さんたちは二人して目を丸くした。

「ええ! そうなの!? オドロキさん」
「うん。、実はルールもいまいちわかってないし。フルハウスなんて、去年はじめて知ったからね」
「言われてみればたしかに…役の説明しかしてなかったかもしれないね、あのときは」
「そうです、だから…」
「……だったらむしろ、やってみるといいんじゃないかな。ここは」
「え。」
「そうだよね! パパ」

そういってみぬきちゃんは、テーブルの方へ戻っていった。成歩堂さんもそれに続く。
カードを器用にいろんな手順で切りながら、みぬきちゃんは張り切ってオレに再び声をかける。

「オドロキさん! みぬきでよければ……ポーカー、手取り足取り教えちゃいますよ!」
「いや、みぬきの手足までは必要はないだろう? オドロキくん…いい根性してるじゃないか」
「いやいや、今のはオレに怒らないでくださいよ。頼んでませんから!」
「そんな! オドロキさん、ひどい!」
「そうだよオドロキくん。こんな可愛いみぬきの、どこが不満なんだい!?」
「異議あり!! 論点がずれてます!」
「うーん、ばれちゃったよ、パパ」
「ばれちゃったねえ、みぬき」
相変わらずのどうついていっていいか悩むテンションの会話に、大きくため息をついてしまう。
「とにかく、……ポーカーは嫌なんですよ!」
二人のノリに振り回されたことで、つい声が強まった。その大きさに自分で後悔して、慌てて口に手をあてる。
少しの間の後、成歩堂さんがゆっくりと呟いた。

「……それは、……ぼくらのせい?」

その言葉に思い描いたのは。

目の前の成歩堂さん。
一番尊敬していた、かつての師匠。
直接は会ったこともない、みぬきちゃんのお父さん。
……そして、みぬきちゃん。

成歩堂さんがいう「ぼくら」が、彼と誰を指して言っているのか、オレには判然としなかった。
どの「ぼくら」なのだろうか。成歩堂さんと……
……いや、全員、なのかもしれない。

思考がそこまで巡っていっても、何も返事ができなかった。
そんなことは言ってはだめな気がして。特に、みぬきちゃんの前では。
オレがあの日失ったものと、みぬきちゃんが失ったものと、どちらが大きいかなんて言えない。それでも。
彼女を傷つけたくなかった。少しでも。

「……なんて、答えにくい質問だったか」
押し黙っていたオレに、悪かったね。と、成歩堂さんは静かな笑顔で言った。

慌てて否定したくなったオレはしかたなく、
心の奥底に同時に存在していた、別の理由を引っ張り出す。
それはものすごく些細で、だけど意外と切実な。

「ポーカーは、……じゃないですか」
「え。」

「……その、ポーカーだと……
 成歩堂さんたちと違って、オレだけ初心者だなんて……
 ちょっと悔しいじゃないですか!」

ああ、言っちまった……と、あまりの恥ずかしさにオレは思わず目を伏せる。
おかげで、はじめ目を丸くした二人の顔が、その後爆笑する前に、
ひどく嬉しそうに緩んだのをオレはちゃんと気づかずにいた。

「…じゃあ、何なら初心者じゃないんですか? オドロキさん」

ひとしきり笑い終えた後の、楽しそうに目をキラキラさせた笑顔が少し照れくさくなって、
オレは思わず目をそらしながら答える。

「……ええと、そうだな。……ババ抜き、とか?」
「じゃあ! それで決まりですね!」
「え。」
「いいんじゃないかな、ババ抜き。3人でできるし」
「そうそう、二人じゃないババ抜き! 3倍は面白いですよね!」
「……ええと、じゃあ、……ちょっとだけ付き合うよ、ババ抜き。」

そんなこんなで、何年ぶりかわからないくらいのトランプ遊びをした。
楽しそうなみぬきちゃんに、胸をなでおろす。それに実際楽しかった。
ついつい見抜く合戦までしてしまったり、何故か強い成歩堂さんともはりあって、
そうしていつまでも終わらなかったりして。

「そうそう、知ってますか? オドロキさん。トランプって、『1年』を表してるんですよ」
「ああ、どこかで聞いたな、その豆知識」
「去年聞いたねえ。あの裁判長、意外な知識があるもんだ」
ゲームの合間、カードを切っているオレにみぬきちゃんが声をかける。
「ねえオドロキさん」
「ん?」
「また来年も」

一度区切られた言葉が気になって、カードから目を離してみぬきちゃんの方へ顔を向ける。
それを待ってたのかのように彼女は首を傾けて続けた。

「来年も、またトランプしましょうね! 3人で!」

そういうみぬきちゃんの期待に満ち溢れた眼差しに、妙に気恥ずかしくなって

「暇だったら、ね」

なんて言ってしまう。
慌てた手からカードがパラパラ落ちると、成歩堂さんが噴出した。

「素直じゃないなあ、オドロキくん」

そう笑う成歩堂さんに腹を立てながら。

『また来年』、が、少し楽しみになった。

いつかは、ポーカーに挑戦してもいいかな。
そう思ったことも、複雑な気持ちも、全部、もっと心に留めていたくなって。
今日の日記は長くなりそうだ。久しぶりに、そう思ったんだ。



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成歩堂さんち事件勃発!

〜成歩堂さんち事件勃発〜(主催:たかあき様)

今年もありがとうございました!
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そして2開催決定、おめでとうございます〜!! 楽しみです!!!
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