美しい日々


  望まれてもないのに 殺されもしなかった

 ふと目にしたその一文に青年は一瞬青ざめ、慌てるように手元の冊子を閉じた。そしてすぐにその自分の焦る様に気づき、静かにまわりを見渡す。そこは誰もいない書庫だった。
 デスト二ア帝国からの亡命者が住むアスピニア城敷地内の住居の一室に、フラグシップ号に詰まれていた本が移されていた。帝国第一王子の趣味であろう本の数々には船の中らしく航海術はもちろん、帝王学から兵法術、果ては芸術鑑賞の類や趣味的な料理の本まで、多種多様に広く浅くとりいれてあった。元から自分以外の者はなかなか来ない場所だがそれなりの実用性はあるため、「他にも誰かがいて、焦る自分を見られたのでは」と警戒してしまった。それが杞憂だと確認できた青年は、ため息をつきながら見事な金髪をかきあげ自分の手元の物を確認した。
 件の冊子は小さく薄く、別の分厚い本に挟まれていたものだった。
その本は共和の理念というような題名の、まだ共和国が出来るずっと前に出版されたもので、ここ十数年来ではコムラードの愛読書として有名なものだ。当初は帝国の思想とはまったく違うため糾弾されたが、しばらくたってから帝国上層部が懐の広さを見せるために一時的に販売を認めたものだった。帝国の皇族の人々が目を通すようなことが皆無に等しかった本である。
 それに挟まっていた冊子の先ほどの一文に青年は見覚えがあった。慣れ親しんだ家から皇族の宮殿に連れてこられてしばらく、自分は側近の者の目を忍び憎しみに満ちた日記を書いていたことがある。だが数日で余計陰鬱になるだけということに気づきすぐにやめてしまい、誰にも見られないように隠すなり燃すなりしようとしたのは覚えがあるが、その後どうしたか・・・そもそも書いていたことすら忘れてしまっていたのだ。
「こんなところに隠してたのか・・・確かに読むものもそういないとはいえ、無用心な・・・」と記憶を呼び起こしながら、青年は再び本の間に挟まったままの冊子を開きページをめくる。思ったより長くまめに書いてありそうだった。もはや覚えていない過去の自分に興味が湧いて目を通すことにしてみた。先の一文で始まるような自分の芝居くささも笑い飛ばそうかと思いながら。



父親は私を見ていない。母親は父親には逆らえないくせに
私が父を変えないかと期待している。言葉にされなくともわかる。
産んで後悔しているくせに私を利用して生きていくつもりなのだ。
いいものを着て、いいものを食べられる場にいて、
籠に閉じ込められたと嘆いているが、この帝国でそうでないものなどいるか。

側近の騎士は悪くない。私の言うことは何でも聞く上に有能だ。
あの父もたまには気が利く。他の兄にも気に入られているらしいが渡すものか。

兄達は有能なつもりらしいが全くの馬鹿者だ。
あれならいくらでも追い落とせるだろう。しっかりと算段を整えなくては。

一番目はいい、自分が皇帝になるものと疑わず資質もないまま堕落している。いつでも突き落とせる。
問題は二番めだろう・・・あれは思っていたより厄介だ。自分が皇帝になるためになら手段を選ばないだろう。
だがうまく利用できなくもないはずだ。そのやり方を見習い、同じことをして消せばいいのだ。

自分の順番までうまく回るように、慎重に、そして徹底的に容赦なく、突き進んでいかねばならない。

そうやって、いつの日かこの名をつけたことを後悔させてやろう

私が全てを支配するのだ 我が名の意味の示すとおり

ドミネートという名をその言葉を

抗えない、絶対的な支配の、絶望的な響きに。



「――メディオン様?」
そう呼びかけられてメディオンは慌てて持っている冊子を外側の本ごと閉じた。
振り向くと側近の騎士がそばに立っており、言葉を続けた。
「メディオン様、いかがなされましたか?」
騎士が近づいても気づかなかったことと、何より騎士のひどく心配そうな様子に
自分が今思う以上に取り乱していることに気が付いた。
「いや・・・大丈夫だ。心配させてすまない、ちょっと集中しすぎただけだ。」
今更無駄だろうと思いつつもメディオンは平静な顔を取り繕って答えた。主人のその様子に騎士もあえて平静な顔に戻り話を他に向ける。
「・・・それはコムラード殿の愛読書と言われるている本ですね。埃のわりには綺麗ですが・・・城でも船でもよっぽど読む者がいなかったんでしょうな。かくいう私も、今の帝国ではほとんど出回ってないため読んだことはありませんが、そんなに面白い本だったのですか?」
「まあ、なかなかだね。といっても、まだ途中までしか読んでないが・・・。借りていって、部屋に戻ってゆっくり読むことにするよ。」
「では部屋までお供をいたしましょう。」
そうして自分の後を着いて来る騎士に、メディオンは振り返らず前を見たまま問い掛けた。
「・・・・・・・キャンベル」
「はい?」
「父上も・・・父上は、皇帝になる前の立場はどうだったのだろうね。」
主人の唐突な質問に、騎士は少し間をおいてから素直に答える。
「どうなのでしょうな・・・私も生まれる前ゆえ・・・
ただ聞いた話では、立派な後継者が揃っている中の一人年若い第4王子だったということで、多少なりとも軽んじられていたところがあったそうです。そんな中で、次々と皇帝候補が亡くなっていったことの原因がはっきりしない点も多いため、いろいろ不穏な噂が流れておりますが・・・。」
「・・・そこから頂点まで上り詰めた父上からしたら、私をふがいなく思うのは仕方のないことなのだろうな」
わざと騎士に聞こえないようにつぶやいてから、続けた。
「いつかその辺りのことを父上自身に聞いてみたいものだな。 ・・・と、まずは会談の場ができるかどうかも怪しいが・・・」
「それは私も興味深いですな。命取られそうな質問ですが・・・お供させていただきたいものです。」
騎士のその言葉に、メディオンは振り返って少しだけ笑った。

だが、例え再び話すことができたとしても
あの父上が、私の言葉に耳を傾けることはないだろう

それでも 私は
自分の父親も 自分と同じ
 ―― 望まれてもないのに 殺されもしなかった
呪いのような言葉を持っていた

そのことにどうしようもなく救われた



いつかそれだけは伝えておきたいと

夢を見てしまうのだ。


<end>

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