お見合い前の憂鬱
「またお見合い写真ですか」
机の上の大量の厚紙を前に、ダンタレスは思わずため息をついた。
「そうため息つきたいのは私もだけどね、ダンタレス」
その書斎机の椅子に腰掛けていたシンビオスは同意しつつも、厚紙の向こう側からその塊の3分の1をダンタレスの方へ押し出した。
北の地での戦いが終わりフラガルドに戻ってからというものの、活躍した人物は皆「さっさと身を固めろ」という重圧をまわりから押し付けられ、そういうものが苦手なダンタレスはかなりのストレスとなっていた。
当然、一番その攻撃を強く受けていたのは現領主であるシンビオスだった。父親を失った悲しみを癒すためにも、領主としてのこれからの重圧に耐え民衆を治めていくにも、支える者が必要ということなのだ。もちろん世継ぎの期待もあるだろう。(世襲制にこだわる必要もないのに) 早く皆安心したいのだ。
最近では2週間に一度、アスピニアはじめ各所からお見合い写真の定期便が送られるようになっていた。一時期は毎日にも近かったため随分ましにはなったものだが。それでも、その一方的な押し付けこそ充分な重圧になっていることをあまり気遣ってもらえないのである。まあしかたのないことなのだろうが。よかれと思ってやっていることであるし、何より、それは比較的当然な事情でもあるからだ。特に国の重臣であればあるほど。
最初のうちは、対外的な関係を保つための義理でシンビオスは一件一件に真剣に対応をして話を聞いていたが、元から忙しい中にそのような用事がこまめに入ることですぐに身も心も持たなくなり、最近では実際に会う段階までいくことはなく、うまく流すように対応を変えていった。そんな風に、もはや今では完全に慣れて冷静に対処している主人に比べ割り切れないダンタレスはいらだってしまう。ちなみにダンタレス自身は2回ほどで「こんなことで決められるか!」と挫折して以来、形式上写真に目を通すだけになっていた。
そんな風にして、シンビオスの書斎に自分へのお見合い写真が用意されていた際にはそこで写真に目を通すことがもはや日常の勤務の一環となっていた頃。
「だけどね、ダンタレス・・・ちょうど今見てる写真の、そこのお嬢さんを紹介してくれた方はかなり昔からお世話になっていてね。
会わずに断るわけには行かないんだよ。」
しばらく抵抗したものの、自分が言いくるめられないことには話を変えてもらえないことに気づいたダンタレスは観念して申し出を受けることにした。全ての写真に目を通し終え、先ほど話題に出た写真入りの厚紙だけを持って退出の準備をしながらぼやいた。
「ですがそういえば・・・何で最近は我々だけなんでしょうね。 もうちょっと他の者達に世話しても・・・」
ずいぶんと責任転嫁な発言に彼の精神疲労を感じつつ、シンビオスはなだめるように、しかし冷静に事実をつきつける。
「そりゃあ、さっさと落ち着いて欲しい筆頭が私たちだからだろう?」
「そうですよね・・・」わかっていたことをそのまま言われ少し悲しくなった
「それに、別に私たちだけでなく、普通にマスキュリンやグレイスにも届いているよ?」
はい?
「ただ当人たちから『見る必要もありません。もう持ってこないでください。』と怒られて以来、私のところにまとめて届いた時点で断ってるんだ」
「な・・・!何でですか!それなら私だって散々・・・!!」
ダンタレスは自分との対応のあまりの差に動揺を隠し切れずに詰め寄った。
「それは・・・私が君に家庭を持って欲しいから。もちろん私たちの方がより断りにくいっていうのもあるけれど」
あまり想像していなかった主人の言葉に絶句してしまった。
こんなに主人第一の自分に、当の主人には他を見つめろと言われてしまった気がして。
「あ、もちろん君に他の余裕がなさすぎっていう意味ではなくて。」
落ち込みそうな様子が見て取れたのだろう。シンビオスは慌ててフォローを入れたが駄目押しだった。
「だって・・・これは自分のわがままなのはわかっているけど、
ダンタレス、君の父親が私の父に仕えていたように、君は父と、そして私にずっと仕えてくれているだろう?
それが自然で当然だった。ダンタレスがいてくれて本当によかったと思ってるんだよ。
だから・・・自分の子どもにもそういう存在がいてくれたら安心だと、それが君の子どもならうれしいと、つい思ってしまうんだよ。もちろん僕達の子どもがそれを望むかどうかも置いた話になっちゃうけれど。
だからつい君にはさっさと結婚してもらいたかったんだよ。いや、今もそうだし、それが君には負担なのかもしれないけれど・・・それはお互い様だろうし。」
たしかに、なにげに自分は主人の結婚が決まったら寂しい反面、すごく安心しそうだとは思って反対したことは(表立っては)なかった。実際主人の子どもを想像しただけで顔がにやけてしまいそうになる。主人ほどの偉人でなくてもいい。せめて現状のフラガルド領地とその体制を維持できるくらいの子が生まれ育ってくれれば。それでいてその主人の子の傍らには自分の子が仕え・・・と、想像したことがないといえば嘘だった。
だけど、いざ自分が結婚となると踏ん切りが着かない。下手に自分のまわりの夫婦に恋愛結婚が多いだけに、そうありたいと思ってしまうのだ。
とはいえ実際は浮いた話もとんとない。「自分から惚れたと思う相手と」と思っていたら機を逃していた。女性に欲情したことがないと言ったらさすがに大嘘だが、「この人以外考えられない」という者に出会った記憶はない。自分の任されている仕事に不満はないし、むしろ命を捧げるつもりで、そうなると家庭を第一に振り返ることはできない。そうなるとそれを理解してくれる相手でないといけない。それでいて自分は相手を第一だと思えるようでないと結婚にまで踏み切れない。
・・・どう考えても矛盾しまくっていた。自分の思考が整理できない時点で、何の行動も決断もできいない日々が続いていたのだ。
「そう思って下さるのは大変ありがたく光栄ですよ。ただ・・・、いえ、何でもありません。」
結婚観に対する気持ちを、その葛藤を伝えようにもうまく言葉が見つからなかった。そしておそらく主人には把握されていることだと思った。
その場はあきらめ、それでは失礼を・・・と退出しようとした騎士をシンビオスは呼び止めた。
「忘れるところだった。グレイスにこれを渡しておいてくれないか?」
シンビオスは自分が持っている写真入りの厚紙と同じようなものを差し出して言った。
「もう話はしてあって、やっと写真が届いたから早いうちに渡そうと思っていたんだけど・・私はまだここでの作業が残っているから。お願いできるかな?」
「これは・・・?」
「見ての通り、お見合い写真。」
「先ほどグレイス達宛てのは断っていると・・・」
「そうなんだけどね、これは本当にどうしても、と・・・なんでもベネトレイム様が昔お世話になった方らしくて、『最終的に断ってもかまわないからせめて会ってくれ』の一点張りで、断りきれなくてね。もちろん、事前にグレイスに相談はして承諾は得てあるよ。・・・ダンタレス?」
急に自分の名前を出され意識がはっきりした。何故一瞬意識が遠のいたのかは考えないことにして、その使いを引き受け退出した。シンビオスの「嫌なら・・・忙しいなら他の人に頼むけど」という言葉に密かに動揺しながら。
グレイスを探して、時間的にそろそろ干していた洗濯物をとりこむはずだったと思い、洗濯物の干し場所となっている庭にダンタレスは向かっていた。
「もっと自分達以外にも見合いの世話を・・・」と言っておきながら、具体的な話を聞いて何ともなく寂しい気分になってしまっていた。長く4人で、ずっといっしょにいたのに。何で最近こんな話ばかり。
そんなことを考えながらため息をついていると、目の前の少女に急に声をかけられた。
「ダンタレス様?どうされましたか?」
当のグレイスが既にすぐそばにいるのにやっと気が付いて動揺した。それを隠すように極力平静な口ぶりで先ほどの厚紙をグレイスに渡した。
「シンビオス様から、これを・・・」
「ああ、話は聞いています。届いたのですね。」
受け取った紙を開き、中の写真を見るグレイスをダンタレスは見つめていた。
このグレイスが結婚か・・・そんな頃合いになったのか・・・
と、まるで父親のような台詞を頭に思い浮かべる。
キャントールは不思議な種族で、主にフォックスリングの特殊な、特に神聖な力を生まれ持っているものを分類してそう呼ばれる。つまりはどこに現れるかわからない、稀有な種族なのだ。遺伝で確実になるものではないし、そもそも男性体はほぼ存在していない。だからこそより神聖化され、より狙われやすい。今は亡き前領主が早めに気づき引き取っていなかったらどうなっていたことか。
だが当然、キャントールの血をひいているものは、普通よりはキャントールとしての素質を持ちやすい。
それだから、キャントールは神に仕えていようといなかろうと、母になることを求められやすい。
神官であるに関わらずグレイスに見合い話が多いのもそのせいがあるのだろう。
たしかに、母性溢れるグレイスが母親という存在になるのはごく自然の、ふさわしいことに思えた。
なのに何故、こんな気分になってしまうのだろう。自分のものをとられてしまったような。
「ダンタレス様?・・・ご覧になりますか?」
ふと気づくと写真を見ていたグレイスは顔を上げてダンタレスを見た。
「あ、ああ・・・ではせっかくだから・・・」
別に相手が気になったというよりは、見つめながら考え事をしていただけなのだが。
写真に写っていたのは穏やかそうなフォックスリングの青年であった。フォックスリングの男というと、噂に聞いた、マジェスティ王子のずるがしこい側近の狐、というイメージしかないため意外だった。
「なるほど、家柄も良いし。・・・しっかり考えてくれているのだな・・・。」
「あら、もちろんですよ。でなければベネトレイム様も無茶をおっしゃらないでしょうから。」
平気で答えるグレイスに何故かいらだった。
「グレイスは・・・この話受けるのか?」
「ダンタレス様は?その手元にお持ちの方の話は受けるのですか?」
「俺は・・・会うだけは会うけれど、受けないと思う。」
「私も同じですわ。まあ会ってみてよぽど感性の合う方ならわかりませんんけれど・・・
それに同じフォックスリングですから、子を為すにはちょうどいいのでしょうからね。」
「そんな理由で決めるのか!?異種族結婚も少なくはなくなっているのに。」
いきなり予想を越えたストレートな話にダンタレスは思わず声を大きくしたが、グレイスは平静なままそれに返す。
「ダンタレス様だってそうでしょう?そうせざるを得ないはずです。我が子にもシンビオス様にお仕えさせたいのであれば、同族であるか否かは重要事項ですわ。」
「・・・それは確かにそうだが・・・
だがお前は関係あるまい? 何かを継がせる必要もないだろうし、継がせるにしても神官ならば、我々騎士ほど、ケンタウロス族であることが有利なわけではないのでは・・・。」
「・・・・・・」
「あ、すまん、けしてお前のことを軽んじた訳ではないぞ。」
「わかってますわ。そう、でも、そうですね、おそらく私は生涯独身でいると思います。子どもが欲しくないといえば・・・少し嘘になりますけれど。
ですが生涯シンビオス様にお仕えして、それでそのための人生をまっとうできれば幸せです。」
そのグレイスの言葉にダンタレスはやっと自分の気持ちがわかった気がした。
「俺も・・・俺も同じだ!俺も生涯シンビオス様に仕えられればそれで・・・」
「何言ってるんですかダンタレス様!」さえぎってグレイスは言う。
「ダンタレス様はさっさと落ち着いて ばんばんりっぱな子ども作って育ててくださらないと!」
理解ある話が聞けると思ったダンタレスは困惑した。まさかグレイスにまで言われるとは・・・しかもばんばんとまで。自分が情けなくてなんだか泣きたくなってきてしまった。と、同時に目の前のグレイスが憎たらしく思えてきた。
「そんなのグレイス・・・なんだかずるくないか・・・」
「ずるいとかそういう問題ではありませんわ。先ほどダンタレス様自身がおっしゃってたように私と違って、ダンタレス様には継がせる存在が必要なのでしょう?
それに・・・聞くまでもなさそうですが、ダンタレス様は好きな方はいらっしゃらないのですか?」
「・・・いたら見合いも少しは断りやすいのだがな。」
「そうでしょうね。・・・つまり私はその点でも断りたやすかったんですよ。私では相手にならないような方ですから、シンビオス様にも誰とは告げていませんけど。」
このときダンタレスは自分であとから思い出したくもないほど動揺してしまった。
「・・・誰だ!?」
すごい顔のダンタレスにグレイスまで眼を見開いてしまった。が、すぐに落ち着き払って言った。
「・・・言えませんわ。先ほども申しましたけどシンビオス様にすらお伝えしてないのですから」
「・・・シンビオス様か?」
「さあ・・・何と言われても答えませんわ。」
「そうなんだな・・・だからシンビオス様にも言えなかったんだな・・・?」
妙に動揺した上で悲しそうな顔を見せるダンタレスにグレイスは面白くなって思わず笑った。
「待った、何故そこで笑う?俺は真面目に話してるんだが・・・」
「す、すみません・・・まさかそんな反応されるとは思わなかったので・・・」
謝りつつも笑いつづけるグレイスにダンタレスはよりいらだつ。
「そんな風に、自分自身で笑い飛ばすしかできないなんて悲しくないのか?それとも、それで平気な程度の気持ちなのか?」
笑ったツボはそこではないと思いつつも、グレイスは真顔のダンタレスの言葉にならうように真面目な顔になって答える。
「平気じゃありません。悲しくないわけありませんわ。」
その言葉の強さに、ダンタレスは圧倒された。
「ですが、私が好きな方と私の結婚はおそらく誰からも祝福されません。
そしてその方は結婚しないわけにはいきません。
私は結婚してる方と男女としての付き合いをする気はありません。
ですから・・・最初から、その方と結ばれることなど頭にはないのです。
この気持ちも、私は一生打ち明ける気はありませんわ。
そうした方が・・・きっと一生、そばにいられるのがわかっていますから。」
そういってグレイスはひどく切なげな、そして綺麗な笑顔を見せた。
ダンタレスはその笑顔に何故か胸が痛んだ。すごく気持ちがわかる気がして、目の前の少女を抱き寄せたくなった。が、好きな男がいる少女に、所詮父親でもない自分が何をどうして慰めようというのか。
頭がうまく動かないことで自分が混乱してることだけは把握できて、下手なことはしないよう、簡単に、だが真剣に相槌をうった。
「そうか・・・すまない、気がきかなくて・・・。」
「わかってくださっのなら かまいませんわ。」
といって、グレイスはあっさりといつもの顔に戻った。その変わり身の早さにダンタレスは少し置いてきぼりになったが、すっかり忘れていた洗濯物をすばやく次々ととりこむ少女を遅れて手伝い、主に高い場所にある洗濯物をとりこんでいたら、なんだか落ち着いてしまっていた。なんて単純なのだろう。と自分でも思いながら。
二人がかりでの作業に、洗濯物は所定の籠にすぐに綺麗にまとめられた。そうして、そろそろ夕飯の支度を手伝いに行かないと、とその場から離れようとしたグレイスは、思い出したように話を戻して注意をした。
「先ほど言っていたことは秘密にしてくださいね。そしてこれからも、何も聞かなかったように振舞ってくださいね。・・・なるべく、でかまいませんから。」
ダンタレスの多少の間をおいた相槌を聞いたか聞かないかのうちに、グレイスは向こうへ歩き出していた。
そのグレイスの後姿をダンタレスはただ見つめていた。
先ほど見た、一瞬見せた悲しそうな優しい笑顔が焼きついてはなれない。
そしてようやく、今までつかめなかった自分の気持ちが恋に似ていることに気づいて、ようやく、グレイスへの気持ちも、グレイスの気持ちもわかった気がした。
きっと明日になればグレイスはさっき言っていたように、今日のやりとりなどなかったかのように振舞うだろう。 自分も最初は慣れなくても、次第に元のように接することができて忘れてしまうに違いない。なんたってひどく子どもじみた感情だ。おそらく母親や姉妹、娘に対しても芽生える感情だろうから。熱烈な激情とはいえない。性欲的なものもない。恋と似ていても、きっと程遠い。おそらく。
だけど、この思いを、焼きついた感情を、恋と呼べないのなら、
たぶん、自分には一生 恋などできない。
などと確信したら、手元の厚紙をより重く感じた。そんなある日。
<end>